塗商五十年
-稲垣忠右ェ門の歩んだ道-
6章 逝去、子息らに夢を託して
6-6 没後十年 創業六十年
亡き先代稲垣忠右ェ門の意志を継ぎ、稲垣民夫社長は家族社員の結束をかため、漆器と観光を主軸に、年々事業の拡大充実をはかり、業界の発展に大きな貢献をつくしながら今日に至っている。
創業者没後十年の間、本店稲忠漆芸堂並びに塚田店稲忠漆芸会館の改築、キリコ会館の増改築、新たに稲忠東京店・稲忠大阪店の進出、ニューシラキヤ・イマージュのオープンなど、数々の施設充実・開設を進め、フランスのデュポン社との技術提携、輪島塗ハンドバッグの開発などを着実に押し進めた。また昭和六十一年には、皇太子殿下(当時の浩宮様)の行啓に継いで、六十三年の七月二十二日には、キリコ会館に今上天皇陛下・皇后陛下(当時皇太子殿下・妃殿下)をお迎えする栄誉を賜った。
社業も年とともに順調に推移し、会社事業の規模としても、平成元年度は社員百五十名を擁し、二十億円を越える売上目標とするまでになっている。
平成元年四月二十六日は、稲忠漆芸堂創業六十周年記念行事が挙行される。
塚田海岸にある観音塚の一隅に、十年前に建立した白衣観世音菩薩像の横に抱かれるように稲垣忠右ェ門の胸像が建立される。二尺八寸と二尺二寸の台石の上に、黒みかげ石を材質とする高さ三尺三寸、横幅三尺の胸像である。作は白衣観世音菩薩像を彫った埼玉県川口市に住まわれ、第五十九回新構造展で彫刻大賞を受けられた関戸直利さんである。
また入魂の法会は大本山総持寺祖院鷲見透玄監院の式師によって行なわれる手筈で準備がすすめられている。
四月一日輪島にまれにみる早い桜の開花が報じられた。
【完】
目次
1章 故郷三河の稲垣家
1-1 矢作川と稲垣家
1-2 学問ひとすじ 祖父真郎
1-3 人生謳歌、父隆三郎
1-4 おいたち
1-5 収蔵品の虫干し
1-6 現代の稲垣家
2章 塗師屋への道
2-1 クリーニング店に住み込み
2-2 はじめて外商にでる
2-3 輪島の地を踏む
2-4 三重で漆器外商、そして結婚
2-5 忠右エ門を名乗る
2-6 輪島に移住し、塗師屋となる
2-7 かけだし時代
2-8 岩津のおてつさん
2-9 飛騨古川町の青龍台を塗る
3章 苦闘の時代
3-1 漆塗り軍需水筒で戦後につなぐ
3-2 行商三昧
3-3 能登観光の黎明と水害受難
4章 漆器組合の理事長に就任
4-1 塗師屋の仲間組織
4-2 火中の栗
4-3 組合再建への礎に
4-4 高松宮妃殿下を迎える
5章 漆器と観光の船出
5-1 観光時代の到来
5-2 カニ族のたまり場
5-3 塚田海岸に進出、稲忠漆芸会館開設
5-4 居眠り旦那と道路の稲忠さん
6章 逝去、子息らに夢を託して
6-1 ボーリング場跡地を購入
6-2 民夫社長を指名、会長になる
6-3 七十四歳の誕生日
6-4 病床でキリコ会館の開設を見る
6-5 初秋に逝く
6-6 没後十年、創業六十年