塗商五十年
-稲垣忠右ェ門の歩んだ道-
4章 漆器組合の理事長に就任
4-4 高松宮妃殿下を迎える
漆器組合長になって一年たったころ、忠右ェ門は忙殺に追われていた。
日本国内ではなんとクレージー・キャッツの植木等が歌う『スーダラ節』が大ヒット中で無責任時代への突入であった。皮肉だなあ、俺がこんなにたいそうしているのに、と忠右ェ門はにが笑いをした。
八月の暑いさなかの輪島市ご巡視のおり、高松宮妃殿下が稲忠漆器店にお立ち寄りになられた。妃殿下が店に入ってこられた時には、玄関前の通りは人でごったがえした。妃殿下は漆器のことについて大変お詳しかった。いろいろとお尋ねをうけた。妃殿下のご質問に対して忠右ェ門は、白いハンカチで汗をたびたび拭っては、輪島塗の説明を懇切丁寧に申し上げた。目の前にいらっしゃる妃殿下は、なんとも高貴なおかたであったが、また親近感のあふれたお人だと忠右ェ門は感じた。その上、もったいなくも、妃殿下より栗色小判形海老文の卓上膳のご用命を稲忠に下された。
真夏のそれも特別暑い日であったが、あわただしい漆器組合長時代にあって、数少ない爽やかな思い出となったひとこまであった。
目次
1章 故郷三河の稲垣家
1-1 矢作川と稲垣家
1-2 学問ひとすじ 祖父真郎
1-3 人生謳歌、父隆三郎
1-4 おいたち
1-5 収蔵品の虫干し
1-6 現代の稲垣家
2章 塗師屋への道
2-1 クリーニング店に住み込み
2-2 はじめて外商にでる
2-3 輪島の地を踏む
2-4 三重で漆器外商、そして結婚
2-5 忠右エ門を名乗る
2-6 輪島に移住し、塗師屋となる
2-7 かけだし時代
2-8 岩津のおてつさん
2-9 飛騨古川町の青龍台を塗る
3章 苦闘の時代
3-1 漆塗り軍需水筒で戦後につなぐ
3-2 行商三昧
3-3 能登観光の黎明と水害受難
4章 漆器組合の理事長に就任
4-1 塗師屋の仲間組織
4-2 火中の栗
4-3 組合再建への礎に
4-4 高松宮妃殿下を迎える
5章 漆器と観光の船出
5-1 観光時代の到来
5-2 カニ族のたまり場
5-3 塚田海岸に進出、稲忠漆芸会館開設
5-4 居眠り旦那と道路の稲忠さん
6章 逝去、子息らに夢を託して
6-1 ボーリング場跡地を購入
6-2 民夫社長を指名、会長になる
6-3 七十四歳の誕生日
6-4 病床でキリコ会館の開設を見る
6-5 初秋に逝く
6-6 没後十年、創業六十年